熱意をもって書いたらずいぶん長い記事になってしまいました。
先に謝っておきます。すみません。
建築設備の仕事をしているとエレベーター業界の腐敗が気になって仕方ありません。
エレベーターの事故って多いですけど、そのほとんどは業界の構造が原因だとすら思います。
なんであんなヒドい状態なのか嘆かわしくて仕方ないので、
思うところを書き散らかします。
エレベーター業界の構造が悪いから事故が起こる
エレベーターっていうと、
シンドラー製のもので大事故が多い印象があります(実際多い)けど、
実はシンドラーだけが悪いとは限りません。
筆者は、そもそもの業界の構造が事故の原因であるように思います。
そしてその状況は今も続いていて、危ないエレベーターはまだ存在します。
それをこの記事でお伝えしたいと思います。
主に述べたいのは以下の4点です
エレベーター業界の仲の悪さ
独立系業者の保守点検が危険だった
シンドラー死亡事故の経緯
”今も”危ないエレベーターがある
順番に説明するよ!
エレベーター業界は仲が悪すぎる
まず私が驚いたことがあります。
メーカーと独立系業者(メーカー以外)の仲が悪すぎるという点です。
エレベーター業界の問題はもうこの一点に尽きるのですが、
筆者はメーカーも独立業者もどっちも反省すべき点があると感じてます。
まずは歴史的な背景から迫ってみましょう。
エレベーターはメンテナンス費で利益を出していた
エレベーターは保守点検(メンテナンス)が必要な設備です。
毎月の点検と毎年の検査が義務付けられています。
そのため、保守点検の需要は安定して高いです。
メーカーはエレベーターを売ったあとに保守点検でも稼ぐという図式で利益を上げていました。
保守点検は独占的な業務だった
皆さんには意外かもしれませんが、エレベーターという設備はほぼ特注なんです。
建物によっていろいろな点が全然違うからです。
・階高
・天井高
・設置数
・使用頻度
なんかが全然違うよ!
特にエレベーターのブレーキ機構やプログラムなんてのは特注のカタマリみたいなもんで、メーカーの独自性が全てです。
余所のメーカーのエレベーターなんて全く分からない世界なのです。
だから、エレベーターの保守はメーカー自身がやるというのが業界の通例でした。
独占的なので利益率が超高かった
独占すると利益が上がります。競合他社が無いから当然です。
エレベーター点検なんてのは独占もいいところです。
メーカーじゃないと点検できないからです。
だからとにかく利益が高いのでした。
高い見積を出しても相手は断れないんだから。高くてもいいんです。
はっきり言えば、エレベーター点検ってのは競争原理がほとんど働かない腐った業界だったのです。
ちなみに、エレベーター本体のシェアも寡占状態になっていて、
主要5社と呼ばれる会社で国内シェアの95%以上が占められています。これは昔も今も変わりません。
東芝
日立
三菱
フジテック
日本オーチス
独立系業者の台頭 メーカーとの戦争へ
1990年代後半。そんな腐った業界に新風が吹き込みました。
独立系業者が出てきたのです。
独立系業者はエレベーターの点検を専門にする人達で、
メーカーとは何の関係もありません。
だからメーカーは独立系業者のことが大嫌いです。
どのくらい嫌いかっていうと、ライバルなんて生易しいもんじゃありません。
仇敵です。憎んでいます。
商店街の電器屋がiphoneを修理したらappleはアホみたいに怒るじゃないですか。それと一緒です。
先に言っておきます。
メーカーの独占を批判した後なので、
独立系業者が正義の味方に見えるかもしれませんけど、
全然そんなことありません。
まあ順番に見て行きましょう。
極端な値下げ戦争
まず最初に起きたのが極端なダンピングです。
独立系業者はメーカーよりも超安い金額を提示しました。
もう安いなんてもんじゃないです。
メーカーなら1000万円とる契約を180万円でやるとか言うんです。
なにそれ?ってレベルの安さです。
まあ、いきなり出てきた業者なんて怪しさ満開ですから、最初はメーカーの方が勝っていました。
高くてもメーカーに頼む人が多かったみたいです。
でもでも、
「うちなら20%の金額でやりますよ。法的にも問題ありませんよ。他のビルでもやってますよ。実績ありますよ」
とか言われ続けたら悩んじゃいますよね。
一括受注という強み
独立系業者の強みはもう一つありました。
全メーカーのエレベーターを一括受注するという点です。
元々、エレベーターの保守点検はメーカー毎に契約するのが業界の常識でした。
例えば、
1つのビルの中に日立製と東芝製とフジテック製のエレベーターが混在している場合、
日立と東芝とフジテックの3社に点検を発注しなければいけませんでした。

それが、独立系業者なら1社相手の発注で済むわけです。

これは発注者側からすると結構な業務削減になるので、非常に魅力的でした。
結局、90年代後半から00年前半にかけて、
独立系業者のシェアは段々と増えていきました。
同じ建物内に複数社のエレベーターが混在することは珍しいよ!
でも、たまにあるんだ!
メーカーによる幼稚な抵抗
メーカーはもちろん抵抗しました。
1000万円の見積じゃ駆逐されるのが目に見えてますからね。
頑張って600万円ぐらいにはしました。
でも相手は180万円ですから、太刀打ちできていません。
じゃあメーカーはどうしたかっていうと、
独立系業者の悪い噂を流したり
部品の販売をワザと遅らせたり
しました。
子どもみたいな手段です。
独占禁止法によりメーカーの敗北が確定
そんな幼稚な抵抗が社会的に許されるわけありません。
もちろん独占禁止法に引っかかって怒られました。行政処分が連発されました。
法律は独立系業者の追い風になったわけです。
メーカーの抵抗むなしく、独立系業者のシェアは伸び続けました。
安全性の問題へ
こうして独立系業者が覇権を握ると、
今度は別の問題が出てきました。
安全性が損なわれたのです。
これは大問題でした。死亡事故も起きました。順番に説明します。
保守業務に必要な情報がなかった
さっきも言いましたけど、当時の業界の常識として、メーカー製のエレベーターはメーカーにしか分からないものでした。
だから保守点検が独占されていたのでした。
要するに、エレベーターはブラックボックスだったのです。
もちろん独立業者にとっても同じことで、
独立業者にとってメーカー製のエレベーターは全く分からないものでした。
独立系業者はこの壁をどうやって突破したのでしょうか。
結論から言うと、全く突破しませんでした。
全然分からないままでした。
独立系業者は「詳しい部分は分かりませんけど、法的には問題ないんで大丈夫です」と言って点検業務を受注していました。
すごく悪い言い方ですけど、技術的な問題を屁理屈で潜り抜けたのです。
保守マニュアルを共有する義務がなかった
これが一番致命的な問題なんですけど、
メーカーには保守マニュアルを公開する義務がありませんでした。
独占禁止法でも情報共有の義務はありませんでした。
保守マニュアルってのは保守点検の生命線みたいなものです。
普通に考えて、マニュアルが無いと点検なんてできません。
でも、これを隠すのは当時の法律では許されたのです。
独立系業者への唯一最大の対抗策として、
メーカーは自社製のエレベーターの点検方法を秘匿し続けたのです。
そもそもブラックボックスなエレベーターなんですけど、
その点検方法すら隠されちゃったので、
独立系業者には技術的な情報が全然ありませんでした。
まあ機械に詳しい人なら滑車とロープぐらいは一応点検できるでしょうけど、
全体の制御とかブレーキ作動機構とかの細かいところは基本的にお手上げでした。
完全な情報は得られなかった
もちろん、独立系業者もできることは全部やりました。
メーカーから技術者を引き抜いたり、スパイ行為をしたり、
あの手この手で情報不足を補おうとしました。
ですが、そうして得られる情報ってのはやっぱり心細いものでした。
もう一回言いますけどエレベーターってのは特注の部分が大きいですから、
メーカーどころか建物によっても作り方が違ったりするのです。
「○○ビルの●●社製の△号機の設計図書」みたいな完全な情報は滅多に得られませんでした。
「五感の作用で点検は可能」というムリヤリな理屈
以上を鑑みると、独立系業者はやはり点検などできないはずでした。
だって、点検マニュアルが無いのです。
他社製の特注の機械が相手なのに、マニュアルが無いのです。
普通に考えて点検などできません。不可能です。
ですが、独立系業者は「点検はできる」と言い張って受注を続けました。
エレベーター事故の裁判記録に残っていますけど、
「五感の作用による確認」を行うことにより注意義務を尽くしている
と主張したのです。(東京地判平成27年9月29日)
これは要するに
マニュアルなんか見なくても五感を駆使すればエレベーターは点検できるという意味です。
情報不足を五感と経験値で補うという意味です。すげえ理屈です。
当たり前ですけど、安全性の観点からするとこの主張は論外です。
こんな考え方じゃ本来の設計思想に沿った点検なんてできるわけありませんでした。
独立系業者の立場だとこういう主張しかできないってのはまあ分かるんですけどね。
点検作業者の能力も低い
点検作業者自身の能力不足も問題となりました。
独立系業者が受注優先の体制で業務を拡大した結果、
技術的に劣る作業者が量産されたのです。
過当競争で人員削減が進んだ
どんな業界でもそうですけど、自由競争が始まるとどうしてもここが問題になります。
コストカットの標的が人員削減に向かうのです。
独立系業者はもともと安さを売りにするビジネスモデルでしたから、
人員をカットしてコストを下げました。
現場はとにかく人的余裕がないカツカツの体制でした。
こういうのはやはり安全面に響いてきます。
教育費も削減された
エレベーターの点検は有資格者しかできません。
ですが、その資格ってのが短い講習受ければ取れるようなものでした。
つまり、実質的な教育は会社任せでした。
業界の風潮がそういうものでした。
ところが、独立系業者は教育費も削減しました。
若者をドカッと採用して短い座学で現場に放り出し、
知識不足はOJT(現場実習)で補うことにしました。
でもそもそも人員が削減されているので、
OJTだって満足にできる状態ではありません。
技術者の教育は満足に行われませんでした。
法的にも、技術者の能力を質的に担保するような機構がありませんでした。
縦割り人事による知識不足
さらに、独立系業者は点検作業者を地域ごとに縦割りで管理していました。
一人一人に小さいエリアを任せることで、
移動時間などが削減できてコストダウンにつながるという発想です。
まあこれは企業努力の範疇にも思えるので、一概に批判すべきことではないのですが、
このせいで点検作業者同士の情報交換が難しくなったのもまた事実です。
知らない情報を技術者同士で穴埋めするような作用が働きませんでした。
点検の内容を担保する制度が無い
エレベーターの保守点検の内容を客観的に評価する制度もほとんどありませんでした。
エレベーターの点検なんて発注者からしたら何やってるか分かりませんから、
業者がテキトーなことをしないようにチェックする機構が本当は必要です。
でも、そういう制度はほとんどありませんでした。(ていうか今もありません)
エレベーター業界が独占的な停滞した業界だったために、
そういう機能が育たなかったんだと思います。
ド素人が点検してもお咎め無しの状態です。
シンドラーの死亡事故は起こるべくして起こった
結局、2006年に死亡事故が起きてしまいました。
シンドラー社製のエレベーターが開扉状態のまま走行して高校生が挟まれ、亡くなってしまったのです。
あまりにも痛ましい事故だったので、当時のトップニュースになりました。
事故当時の保守点検は独立系業者が行っていた
事故を起こしたエレベーターはシンドラーですけど、
当時の点検は独立系業者が行っていました。
もちろん、この会社はシンドラーとは何の関係もありませんでした。
ちなみに、前年度の点検も別の独立系業者が行っていました。
業者間での情報伝達も不十分だったと思われます。
シンドラーはシェアが低かった
冒頭で述べましたけど、国内のエレベーターは主要5社に占められているのでした。
シンドラーはそこに入っていません。
シンドラーの国内シェアは1%ぐらいです。超低いです。
独立系業者にとってシンドラーは未知の領域だった
シェアが低いのがどういうことを意味するかというと、
独立系業者にとってシンドラーは未知の領域だったということです。
保守マニュアルが無いのを五感で補うとか言ったくせに経験値すら無いのでした。
独立系業者だってだけで技術面に不安があったんですけど、
低シェアのシンドラーとなると輪をかけてヤバいわけです。
それでも独立系業者は受注した
それでも独立系業者はシンドラーの点検を受注してしまいました。
点検マニュアルなんて見なくてもいいのです。
先に言ったとおり、それっぽい点検をやっておけば怒られないんですから。
受注を禁止する法規が存在しなかった
技術者倫理的なことを言えば、シンドラーの点検マニュアルが手に入らない以上、独立系業者は受注を諦めるべきでした。
あるいは、受注した以上はシンドラーの技術者を引き抜いてでも知識の確保に努めるべきでした。
しかしそれを強制する法規が存在しなかったため、事故が起きてしまいました。
念のため繰り返しますけど、この時点でシンドラーが点検マニュアルを公開しないのは法に違反していないのでした。
マニュアル公開は自社にとって損しかないわけですから、シンドラーの秘匿行為は一概に非難できないものでした。
点検者はシンドラーを全く知らなかった
事故を起こしたエレベーターを担当していた作業者は、シンドラーを全く知りませんでした。
シンドラーを点検するのは初めてでしたし、専用の教育も全く受けていませんでした。
つまりド素人でした。
事故の直接的原因はブレーキの点検不足
事故の原因は、ブレーキが満足に点検されていなかった点です。
シンドラーが「ここはこういう風に点検しよう」と考えていた部分が全く点検されていませんでした。
点検者はシンドラーの設計思想など知りませんし、点検マニュアルも知りませんでした。
死亡事故は起こるべくして起こったのでした。
シンドラーの事故では全員が無罪となった
いま紹介したシンドラーの事故に関しては、関係した全員が無罪判決を受けています。
裁判所が判断したことなので外野からの言及は避けますけど、
これまでの説明でこの件に関してはシンドラーだけが悪いわけじゃないのはなんとなく分かってもらえたと思いますけど、
全員無罪ってのは、そうなのかー…という感想になってしまいます。
一番かわいそうなのは亡くなってしまった高校生です。
この方はつまり、エレベーター業界の一番ダメな部分に殺されてしまいました。
あまりにも酷い話。
古くて珍しいエレベーターは”今も”危ない
シンドラー事故を受けて:点検マニュアルの公開へ
シンドラーの事故があって改善されたことがあります。
点検マニュアルを公開することが法的に義務付けられました。
具体的には、
エレベーターの新設とか改修とかをするときに役所への申請が必要なんですけど、
その申請に点検マニュアルを付けることになりました。
これが施行されたのは2009年のことなので、
2009年以降に新設・改修したエレベーターは点検マニュアルが公開されていることになります。
このおかげで、独立系業者による点検がかなり改善されました。
事故を起こす可能性が高いエレベーターとは:
現在の安全制度の盲点
しかし逆に考えると、
2009年より前に設置されたままのエレベーターに関しては、
点検マニュアルが公開されていない可能性があると言えます。
つまり、独立系業者に技術的な情報が行っていない場合があるのです。
特に危ないのは低シェアのメーカーのエレベーターです。
先ほども言ったとおり、低シェアだと情報量が少ないです。
設置が古く点検マニュアルが公開されていない場合は、
事故を起こしたエレベーターと同じように、
致命的な情報不足に陥っている可能性があります。
まとめると、以下のエレベーターは事故を起こす可能性が高めです。
古い
珍しいメーカー
独立系業者が点検している ←点検票で確認できます
まとめ
いかがでしょうか。
エレベーター業界の構造のマズさが伝わったことと思います。
業界ではメーカーと独立系業者がずーっと戦争していて、
メーカーは情報を絞る
独立系業者は無茶に受注する
という図式ができているのです。
建築設備に携わる身として
この業界構造はもう本当になんとかしてほしいのですが、
大きな業界なので体質改善にはまだまだ時間がかかりそうです。
結局、自分の身は自分で守るしかないのかもしれません。
エレベーターに乗るときはメーカーと点検業者を確認してみてください。