理系雑学

遺伝子組み換えって何なのさ-下- 【流通状況と安全性と表示制度】

遺伝子組み換えって危険なのかな。

っていうか、何なのかな。

前回までの記事で遺伝子組み換えの方法は大体説明できたと思います。
初回の記事:遺伝子組み換えって何なのさ-上- 【4種類の手法を解説】
前回の記事:遺伝子組み換えって何なのさ-中- 【遺伝子の作用の調べ方・ゲノム編集との違い】

この記事では、遺伝子組み換えで作られた作物が日本においてどの程度流通しているのかを取りまとめて、我々の生活への浸透度を説明しようと思います。

遺伝子組み換えによって品種改良された作物はGM作物(遺伝子組み換え作物)と呼ばれています。(GM=Genetic Modification)
本記事では一貫してGM作物という呼び方をしますので、予めご了承ください。

GM作物の栽培状況

まず、国内ではGM作物の栽培が行われていないです。
研究開発のための実験的な栽培は例外的にありますけど、厳格な管理体制の元に隔離農場で行われています。

従って、国内に流通するGM作物はすべて海外産の輸入品です。
まずはそれらの流通に関する数値的な部分を説明します。

輸入

輸入可能な遺伝子組み換え作物は8種類だけ

GM作物の輸入はそれ自体が規制されていて、国内に持ち込めるGM作物は以下の8種類に限られています。

品名 主な性質 主な用途 主な輸入国 備考
トウモロコシ 耐除草剤
耐害虫
液糖・水あめ アメリカ
大豆 耐除草剤
富栄養
食用油 アメリカ
ナタネ 耐除草剤 食用油 カナダ
ワタ 耐除草剤
耐害虫
食用油 オーストラリア
じゃがいも 耐ウィルス
耐害虫
近年輸入無し
テンサイ 耐除草剤 近年輸入無し
アルファルファ 耐除草剤 近年輸入無し
パパイヤ 耐ウィルス 生食 アメリカ
ケンカタくん
ケンカタくん

意外と種類が少ないなあ

GM作物の生産量と流通量

GM作物の栽培を認めている国は28ヶ国しかありません。(2012年時点)
意外と少ないですね。

ただ、GM作物の生産量は結構多いです。
その28ヶ国がメチャクチャ頑張って生産しているのです。

とりわけ輸入量が多いトウモロコシ・大豆・セイヨウナタネ・ワタについては、主生産国のGM作物の生産率は概ね9割を超えているのです。

 

ケンカタくん
ケンカタくん

9割ってすごいね!

そのため、これらの作物は国内流通もほぼGM作物に占められているのです。
「我々の口に入っていない方がおかしい」と思える流通量です。ご紹介しましょう。

トウモロコシ

とうもろこし

日本で流通するトウモロコシはアメリカからの輸入品が74%です。
アメリカのトウモロコシは88%がGM作物です。
そして、日本のトウモロコシの自給率は0%です。

単純計算で、日本国内のトウモロコシは少なくとも65%以上がGM作物だと推定できます。
実際の流通はもっと多く、80%以上になりそうな予感。

大豆

大豆

大豆もトウモロコシと似た状況です。
主な輸入先がアメリカで、アメリカの大豆は93%がGM作物です。
日本の自給率は7%なので、流通の大半がGM作物だと推定できます。

ナタネ

ナタネ(菜の花)

ナタネはすごいです。
主な輸入先のカナダでは生産量の98%がGM作物です。
国内に入るナタネのほぼ全部がGM作物です。
そして、日本の自給率はほぼ0%です。

自由化で真っ先にやられちゃったのがナタネなんだとか。
自給率0.2%のナタネ

ワタ

ワタ

ワタはもっとすごいです。
オーストラリアのワタはGM作物の割合がなんと100%!
オーストラリア産のワタは絶対に遺伝子組み換え済みなのです。

しかも日本国内のワタの自給率はほぼ0%です。
輸入品の95%近くがオーストラリア産(100%GM作物)なので、国内流通の95%以上、つまりほぼ全部がGM作物だと考えられます。

パパイヤは新顔

パパイヤ

メジャーな穀物が多い中、パパイヤの存在が異質さを放ちます。
GMパパイヤの歴史は浅く、2011年に承認されたばかりの模様です。

生食用のGM作物は国内初だったので、当時は結構話題になったんだとか。(知らなかったなあ)

GM食品の安全性

GM食品(GM作物を使った食品)の安全性については、人体への影響、野生種への影響など様々な観点から議論が投げかけられています。

実際のところ、遺伝子組み換えによってどういった作用が起こるかは実際にやってみないと分からないわけで、意図せぬ毒物が生まれる可能性は大いにあるわけです。

しかし結論から言えば、日本において、遺伝子組み換え技術は十分な統制下にあるといえます。法律によって様々な試験が課され、そのどれもが効果的なものだからです。

ここでは、GM食品が世に出回るまでの間にどういう試験をされるかを紹介します。

先に法的な対応関係をご紹介しておきましょう。
我が国のGM食品は以下の法によって規制されています。

食品としての安全性 食品安全基本法 食品衛生法
飼料としての安全性 飼料安全法
ケンカタくん
ケンカタくん
家畜飼料としての使用にも法の規制が及んでいるんだね!

人体への影響の調査

DNA

GM食品の影響で最も恐ろしいのはやはり健康被害ですから、食用に供する際の試験は入念に行われています。試験の流れは以下のとおりです。

①GM作物と既存作物のタンパク質を比較

まず、GM作物と既存作物を比較し、GM作物特有のタンパク質(遺伝子産物)が生じている部分を特定します。栄養成分に予定外の変化がないかも合わせて確認します。

このとき、既存作物と同じ構造のタンパク質についてはこれ以上の確認を行いません。
そういうタンパク質は既に何回も人体に取り込まれた実績があるわけで、毒なハズがないからです。

毒はタンパク質の一種だと思って結構です。

②新しいタンパク質があればその毒性を確認

次に、新しく生じているタンパク質に毒らしい働きが無いかを確認します。
人体に有害なものには以下のパターンがあるので、こういう特徴がないかを入念に確認します。

人体に有害な特徴
  • 熱に強い
  • 消化されにくい
  • アレルゲンが多い

③専門家と国民への意見照会

以上の調査をクリアしたGM作物は、最後に専門家による審査パブリックコメント(国民意見の募集)にかけられることになっています。

ここまでの調査も専門家が行うものですから、ここでいう専門家の審査はダブルチェックの意味を持っています。
また、最終的には国民の口に入るものなので、承認の前に必ずパブリックコメントが行われるようになっています。

 

野生種への影響の調査

GM作物等の使用については、野生種への悪影響を防ぐために国際的な協調が図られています。

日本はカルタヘナ議定書に基づきカルタヘナ法を制定していて、GM作物を使用する時の安全措置が設けられています。
具体的には、GM作物の使用に先立ち、その使用によって生物多様性に影響が生じないか否かの審査を受けることを義務付けています。
審査の内容は個別案件によるんですけど、こうした審査や試験は自然環境から隔離された試験室等でのみ行われていますから、GM作物が無分別に使われて野生種に影響を及ぼす可能性は、法制度的にはほぼゼロなわけです。

「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」
(通称:カルタヘナ法):農林水産省のホームページより

 

GM食品の表示制度

以上のとおり、国の統制下にあるGM食品はある程度安全なことが分かりました。
ですがですが、それでもGM食品なんか食べたくない!と考えるのも個人の自由です。

そんな方のためにGM食品には表示制度があります。
GM作物を使った食品には「遺伝子組み換え作物を使用しています」と表示する義務があるのです。

遺伝子組み換えの表示

表示制度は抜け穴が多い

ただし、遺伝子組み換えの表示制度には以下のような例外規定があります。
これに該当する食品は、GM作物を使っていてもその表示義務が無いのです。

表示しなくてもいい場合
  1. 全体重量に占める割合が少ない場合
  2. 誤って混入した場合
  3. 高度に精製した場合
  4. 家畜用飼料である場合

結構ガバガバな感じがしますけど、そのとおりです。

①全体重量に占める割合が少ない場合

表示義務があるのは重量順で上位3品目かつ、重量に占める割合が5%以上のものです。

逆に言えば、重量順で4位以下全体の5%未満の重量であれば、GM大豆やGMトウモロコシを使っても表示しなくてよいのです。

重量順位(品目順) 重量割合(全体比) 条件
表示義務がある 3位以内 5%以上 両方に該当
表示義務がない 4位以下 5%未満 どちらかに該当

②誤って混入した場合

誤混入の場合、混入量が5%までなら表示義務を免れます。

既存作物とGM作物は見た目が全く変わりませんから、意図せず混入してしまう場合もあります。その救済措置というわけです。

ただし、既存作物とGM作物を分別管理していることが大前提です。
5%までなら混ぜられるのだから混ぜてしまえ、という悪意ある運用は許されません。

③高度に精製した場合

GM作物のタンパク質が検出されなくなるまで精製した場合、表示義務がありません。

タンパク質を検出できないなら既存作物かGM作物かの差がなくなるからというのが一応の理屈です。

例えば、醤油や食用油には表示義務がないです。

表示義務がある 味噌・豆腐など タンパク質が検出できるもの
表示義務がない 醤油・食用油など 高度に精製されたもの

これが1番大きな抜け道というか、筆者は初めて知ったとき「ええっ!」って思いました。

タンパク質が検出できないってのは今の技術では検出できないってことであって、
タンパク質そのものが消失しているわけではないのです。

実際は存在するかもしれないのに技術的に検出できないだけのものを「ゼロです」って言うのは少し乱暴な気がするんですけど、どうなんでしょうね。

④家畜用飼料である場合

家畜用飼料は表示義務を免れます。

GMトウモロコシを100%使った飼料は何の表示もなく売ることができますし、それを使って育てた牛にも、その表示義務はありません。

まあこれは予想どおりでした。

家畜(にわとり)

流通の大部分は”表示義務無し”に救われている予感

こういうわけで、GM食品の表示制度には結構な抜け穴がありました。

この記事の前半で説明したとおり、大豆とかトウモロコシって国内流通のほとんどがGM作物のはずなんですけど、それにしては「遺伝子組み換えです」って表示をあまり見ないなあと不思議に思っていたんです。
今回こういう抜け穴があることを知って疑問が氷解した気分です。

GM作物の大豆とかトウモロコシは少量だけ使われたり、醤油や食用油に精製されたり、家畜用飼料に使われたりして、表示義務無く流通→消費されているんだろうなあと理解できました。

たぶん皆さんも思いっきり食べているはずですよ。GM作物。

 

まとめ:気にせず食べよう遺伝子組み換え

3記事に渡って長々と記述してしまいました。最後に筆者の考えをまとめて〆にします。
お疲れさまでした。

遺伝子組み換えは身近な存在だった

今回調べて驚いたんですけど、遺伝子組み換えは予想以上に身近な存在でした。

遺伝子組み換えの手法は大掛かりなものから手軽な物まで様々ありましたし、
トウモロコシ、大豆などは輸入量の大部分をGM作物が占めていて、国内流通の大半はGM作物であるようでした。

もともと私が持っていたイメージとしては、遺伝子組み換えってすごく大変な作業で、限定的な環境でやや背徳的に行われ、流通もごく少ないって感じを予想していましたから、こうした事実には大いに驚かされました。

安全性を誤解していた

また、遺伝子組み換えの安全性については誤解している部分があったと思いました。

私はそもそも、遺伝子組み換えの手順はもっとギャンブル性の高いものだと思っていました。
遺伝子をテキトーにいじくって「ああ何かできたぞ、これは毒かな薬かな?」みたいな流れだと思っていたのです。(マッドサイエンティスト的な)

ところが実際はそんなことなく、マウスの実験で遺伝子の作用に見当つけて、勝算をもって行われていたわけです。
テキトーなことやっているわけではないのですから偶発的に毒ができる可能性は低いのです。
遺伝子組み換えに対する危険そうなイメージは私の場合認識からして間違っていたようでした。

“今までも絶対に食べている”と悟った

そして、遺伝子組み換えの表示制度は予想外にガバガバでした。これは驚きました。

抜け道が多すぎるんで、GM作物は意識的に避けないかぎり必ず我々の口に入ることを悟らざるを得ませんでした。

私は今までGM食品を食べているという自覚がなかったんですけど、実はGM食品漬けの毎日を送っていたようです。

醤油

ただ、GM食品の安全性については概ね信頼できるものを感じましたし、実際に私は健康な日々を送れています。
安く効率よく美味しい食品を提供してくれる遺伝子組み換え技術に対して、今後の更なる発展を願わずにいられません。

“選ぶ自由”を尊重する表示制度を

唯一少しばかり残念に思うのは、GM食品を絶対に食べたくない人々に対して不親切な制度になっていることです。

拒否する人

GM食品の表示制度には抜け道が多数ありました。
ですから、GM食品を絶対に摂取したくない人々は「遺伝子組み換えでない」と明示された食品を買わねばならず、それ以外の食品はほとんど口にすることができません。

なぜ遺伝子組み換え食品の表示制度に抜け道が多いかも調べてみましたけど、明確な根拠は乏しそうでした。

もちろん、「遺伝子組み換え食品です」なんて表示をすると売り上げが落ちるでしょうから、その表示義務を緩和する、つまり隠す方向に圧力がかかるのは理解できます。

しかし、GM作物は生産性に優れ、世界の潮流はGM作物に傾きつつあるのです。

今後絶対に増えてゆくGM作物をみんなが安心して食べるためにも、「隠す」ではなく「開示」することによって、安全性について理解を得るべきじゃないかなーと思いました。

少なくとも筆者は「へー。GM食品ってそんなに普及しているんだ。じゃあ全然大丈夫じゃん」と思った次第です。こういう理解も多いでしょうから、ガンガン開示していいと思うんですけどね。いろいろ難しいんでしょうねー。

 

本記事の作成においては農林水産省の発表資料を大いに参考にしました。