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理系雑学

ちょっと理系な話~虚数の歴史と応用~

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虚数iってご存知ですか。

虚数とは2乗すると-1になる数のことですね。

i^2 = -1

 

今回は虚数について筆者の知るところを記事にします。

大きなトピックは次の3つです。

  • 高校の授業で分かりにくい原因
  • 虚数の歴史
  • 虚数がなぜ必要か

 

また、最後にこういう脱線をします。

  • ピタゴラスが弟子を殺した件

 

では始めます。

 

高校で習う虚数は分かりにくい

高校の数学で習う虚数って、良くも悪くもパズルの一環です。

 

i × i = -1

これだけを教えて

 

はい。それでは方程式を解いてみてください

っていう教育です。ちょっと乱暴です。

 

問題演習は沢山やりますし、

大学受験でも虚数の問題は出ますけど、

虚数がナゼ必要なのかは最初から最後まで全然語られません。

 

ケンカタくん
ケンカタくん

なんで虚数を習っているかが全然わからないんだよね!

 

例えばベクトルなんかは物理の授業でアホみたいに出てきますから、

よっしゃ力学のためにベクトルの勉強頑張るぞと思えるのですが、

虚数に関してはそういうゴールが何も見えません。

 

だから筆者はなんで虚数なんて学ばなアカンねんという疑問がずーっと引っかかってしまって

受験勉強しても本質的なことが何も分からんようなという感触しか残らず、最後まで身が入りませんでした。

なぜ虚数の教育は分かりにくいのか

 

なぜこういう教育になっちゃっているかというと、

高校生に説明してもどうせ分からないからです。

 

虚数が本当に必要になる分野って数学的にすごく高度な分野ばかりで、

まあ要するにお手軽な題材が無いのです。

 

虚数の歴史~発見の経緯~

虚数の歴史を紐解いてみると私の言うことが分かると思います。

ちょっと付き合ってください。

 

虚数の発見~ボンベリの宣言~

 

虚数が発見されたのは1572年です。

数学者のラファエル・ボンベリが

虚数とはこういう数である!と決めたのが始まりです。

 

それまでにも二次方程式の解に「2乗すると-1になるモノ」は登場していました。

でも、当時の数学者はそんなもん数じゃないとして無視しました。

虚数を使わなければいけないなら、それはもう「解なし」だと考えていたのです。

 

ボンベリの功績は、

こんな風に雑に扱われていた虚数を

いやいや、これも数の一種として扱おうよと宣言したことにあります。

それが虚数です。

ボンベリ氏

虚数にできることは何もなかった

ところが、ボンベリが定義したにもかかわらず

虚数なんて数じゃないという風潮は大変に強いものでした。

 

ボンベリが言っていることは、頑張って言葉遊びしているだけだと思われたのです。

虚数など使わずに「解なし」で済ませればいいじゃないかという意見が大半でした。

 

その根っこには、虚数を使ってできることが何もないという事実がありました。

虚数を定義したところで、それは当時の数学では何の役にも立ちませんでした。

ましてや実生活に影響を及ぼすことなど全くありませんでした。

ケンカタくん
ケンカタくん
ベクトルは力学に使える。確率は実生活に使える。方程式は数学に使える。でも、虚数には何もできなかったんだね!

 

1600年代の偉大な哲学者であるデカルト(実は数学者でもある)も虚数のことは否定的にとらえていて、

幾何学に関する著書の中でこれは想像上の数であると断じてしまっています。

 

虚数は頭の中にだけ登場する便宜的な数であって、

実体的な恩恵は何もないと言い切ったわけです。

 

実際、虚数はその発見(定義)から100年以上もの間、数学の中で使われることがありませんでした。

虚数の歴史・オイラーによる応用

そんな虚数ですが、1700年代にオイラーの等式という形で再び世に現れました。

e^πi = -1

これがオイラーの等式です。虚数iが左辺に使われています。

ケンカタくん
ケンカタくん
オイラーってのはものすごい数学者だったんだ!
数学者の功績ランキングを作ったら歴代1位になるかもしれないよ!

 

 

この式は「世界一美しい数式」と言われる超有名なものですが、

今回は虚数の話なので、この記事では特に掘り下げません。

ケンカタくん
ケンカタくん
オイラーの式もすごく面白いので、いつか別の記事で紹介したいと思ってるよ!

 

ここで一番大事なのは、

虚数iが「i × i = -1」以外の形で数学の舞台に登場した

ということです。

 

それまで「i × i = -1」の形でしか登場していなかった虚数iを

「e^πi = -1」という全く異なる式の中で見つけることができました。

これまでとは違う側面から虚数を眺めることができたのです。

 

この意義について、ちょっと別の例え方をしてみましょう。

 

あなたが静岡県から富士山を見たとします。

富士山は北の方角に確かに見えますけど、それが空に浮かぶ絵だと言われたら、

静岡県から見ているだけだと確認のしようがありません。

富士山は実在するのか、絵に描いた山なのか、よく分からないままです。

 

ところが、山梨県の方からも富士山を見たらどうでしょうか。

富士山は西の方角にちゃんと見えて、薄っぺらくもありません。

これならば富士山はほぼ間違いなく実在すると思えるのではないでしょうか。

 

これと同じで、異なる方向からも虚数にアプローチできたということは、

虚数が意味を持つことを強く支持するものでした。

虚数を調べると様々なことが分かるのではないか

という人もたくさん出てきました。

虚数の世界はここでやっと花開いたのです。

なぜ虚数はうまく教えられないのか

このように、虚数は発見されてから支持を得るまで大変な年月を必要としました。

100年以上の長期に渡り、多くの数学者が「虚数には意味がない」と言い、その存在を否定しました。

当時最高峰の数学者だったデカルトまでが否定したのです。

 

別の言い方をすると、

虚数の世界は数学がここまで高度化しないと実感できないものでした。

 

虚数を実感するには「i × i = -1」と「e^πi = -1」の2つの側面から虚数iを眺める必要があります。

でも「e^πi = -1」っていうのは、もう見た目で分かると思いますけど高度に抽象的な数式です。

こんなもん高校生に教えたって絶対分かるわけないです。

 

だから高校の授業では「i × i = -1」だけしか教えることができなくて、

中途半端に教わった高校生は「騙されたような」感覚に陥るのです。

 

その違和感を払拭するには最低でも「e^πi = -1」まで辿り着かないといけないんですけど、

そんなもん高校生が教わったって絶対分かるわけありません。

 

もう堂々巡りです。

 

結局、高校生はその違和感を飲み込みつつ、

富士山が空に描いた絵かもしれないと思いながら、

受験勉強に励むしかないのです。

 

量子力学という展開

さて、オイラーの等式によって数学のメジャーワードになった虚数ですが、

その後の展開にはどのようなものがあるでしょうか。

 

オイラーの等式を皮切りに様々な虚数の応用が見られましたが、

その最も実用的な応用は量子力学です。

 

量子力学というのは現代物理学の最も重要な基礎理論の一つで、

相対性理論と並んで力学の体系を作っているものです。

 

量子力学の概要については別の記事で取り上げたいと思いますが、

ここで重要なのは量子力学は基礎部分に虚数の考え方を含んでいるということです。

 

物理学、特に力学というのは数学の最も実践的な応用先の一つです。

私の専門の建築でも、構造力学の分野ではベクトルが必須です。

数学では紙の上の存在だったベクトルが、建築構造力学では柱と梁の計算に応用されるのです。

 

これと同じように、

虚数の計算は数学において机上の理論でしたが、

量子力学では現実の問題として虚数が必要になるのです。

 

虚数は

ボンベリの時代に何の役にも立たないと言われ、

デカルトの時代に単なる想像上の数字と呼ばれ、

オイラーの時代に数学上の意味は多分あると言われましたけど、

量子力学の時代に現実世界の事象を完璧に説明するレベルにまで到達したのです。

 

一番最初は無価値なゴミと思われていた想像上の数字が、

現代物理学の最も重要な理論で必要とされているのです。

これは凄いことです。

リンゴが虚数個あるという哲学

ところで、現実世界における虚数とはいったいどんな存在なのでしょうか。

 

実数の場合は話が簡単です。

「リンゴが1個ある」という状態は誰だって想像できます。

 

ところがリンゴがi個あるという状態は普通想像できません。

虚数が現実に顔を出すのはいいですけど、それは一体どんな事象をもたらすのでしょうか。

 

これは量子力学を勉強してみるとよく分かります。
実は、量子力学というのはものすごく変な力学なのです。

 

現実のことを完璧に説明できる完璧な理論なのですけど、

その内容はものすごく変で、

狂おしいほど直感に反するのです。

 

これはつまり現実そのものが実は変であることを意味しているのですけど、

その説明は量子力学の記事に譲ります。いつか書きます。

 

とにかくここで大事なのは、

虚数というのはやっぱり変な数であって、

それを必要とする量子力学もやっぱり変だということです。

 

「リンゴがi個ある」という状態は普通想像できませんけど、

その想像の先にあるのが量子力学なのです。

なんで虚数を勉強するの に対する答え

虚数というのは変な数ですけど、

それでもやっぱり現実に必要な数で、

超大事な(そして変な)力学の基礎となっています。

 

なんで虚数なんて学ばなアカンねん

と感じてモチベーション下がっている高校生諸君に対しては、

高度な物理学では普通に虚数が使われてるんだよ!

虚数が無いと現実世界が説明できないんだよ!

 

ということを教えてあげるのがよろしいと思うワケなのです。

オマケ① 数学の歴史は弾圧の歴史でもあった ピタゴラスの殺人の話

昔の数学界(科学界)には、新しい発見を

そんなもん発見しなくていいじゃない

と言って弾圧するような風潮がありました。

 

一番有名なのは無理数です。

 

無理数は古代ギリシャのピタゴラスの時代に、

ピタゴラスの弟子のヒッパソスによって発見されました。

ケンカタくん
ケンカタくん
ピタゴラスっていうのは伝説的な数学者だよ!

 

当時の数学の体系には無理数なんて概念は全くなかったんですけど、

ヒッパソスは今の体系じゃあ説明しきれないものが存在すると考えて、

信念に基づいてその数を発見しました。

それが無理数です。

 

ところが、当時は全ての数は分数で表せるという信仰みたいなものが強くて、分数で表せない無理数は不完全で下賤な存在とみなされました。

師匠のピタゴラスは無理数の存在を頑として認めず、数学にそんな汚いものは存在しなくてよいと弟子の主張を突っぱねました

 

それでもヒッパソスは諦めずに無理数の存在を証明しました。

もう覆せないほど完全に証明しました。

 

ピタゴラスは自分の主張が崩れてしまうことを案じ、

あろうことか、口封じにヒッパソスを殺してしまいました。
(※諸説あります)

 

まあこれは極端な例ですけど、

新しい発見には古い価値観を壊す破壊力みたいなのが常に含まれていて、

数学は特に過剰な反応を示してきたといえます。

虚数が100年間無視されたのも、こうした流れによるものだったのかもしれません。

ケンカタくん
ケンカタくん
物理学の歴史的変遷も相当過激だよ!いつか紹介するよ!

ちょっと脱線② 発見という言い方について

発見という言い方について補足します。

 

数学を始めとする理論科学の分野では

新しい概念や物事を発明ではなく発見と呼びます。

 

なぜかというと

その物事自体は昔っから存在していて

人間は見つけただけだからです。

 

例えば、物理学の分野でヒッグス粒子というものが最近発見されましたけど、

その話題が新鮮でセンセーショナルだったのは、

ヒッグス粒子を「見つけた」からであって、

ヒッグス粒子が「新しい」からではありません。

 

ヒッグス粒子そのものは、それこそ宇宙が誕生した直後から存在したのです。

人間は単にヒッグス粒子を発見しただけで、発明したわけではないのです。

 

ただし、ヒッグス粒子の見つけ方などを発明と呼ぶことはあります。

ヒッグス粒子を観測するための手法とか器具とかは元々あったものではなく、

人間が作り出したものだからです。

 

数学はほとんどが発見ですけど、発明という概念もあります。

フェルマーの最終定理を証明するために使われたL系列なんかはたぶん発明に相当します。

 

まあこの例は小難しい話なので無視してもらってもいいですけど、

発見発明は違う!ということは覚えておくといいですね。